第4回経済理論学会ラウトレッジ国際賞

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第4回国際賞受賞者

Saskia Sassen(サスキア・サッセン

 

受賞対象著書

1.TerritoryAuthorityRights  from Medieval to Global Assemblages, Princeton University Press, 2006. 翻訳:伊豫谷登士翁監修、伊藤茂訳『領土・権威・諸権利 グローバリゼーション・スタディーズの現在』明石書店、2011年。

2.Expulsions Brutality and Complexity in the Global Economy, The Belknap Press of Harvard University Press, 2014.  翻訳:伊藤茂訳『グローバル資本主義と〈放逐〉の論理――不可視化されゆく人々と空間』明石書店 2017年。

 

授賞理由

 Saskia Sassen氏には、1990年代よりThe Mobility of Labor and Capital: A Study in International Investment and Labor Flow 1990)(翻訳:労働と資本の国際移動世界都市と移民労働者 1992年)Globalization and Its Discontents ( 1999) (邦訳『グローバル空間の政治経済学都市・移民・情報化』2004) The Global City: New York, London, Tokyo (2001)(翻訳『グローバル・シティニューヨーク・ロンドン・東京から世界を読む』2008年)など、国際的に評価の高い数々の著作があるが、経済理論学会ラウトレッジ国際賞としては、近年の重要な理論的業績として以上の2点を受賞選考対象として選出した。

 第一の著作である、TerritoryAuthorityRights  from Medieval to Global Assemblagesは、1980年代以降、著者が主導してきたグローバリゼーション研究において、現実のグローバル化が進展するに伴い、表層なグローバリゼーション理解がみられるようになった現状を批判し、支配的になった語彙によってでは見えにくくされた広大な明暗部を、再度発掘しようとする意欲的な著作である。本書は、第1部ナショナルなものの集合、第2部ナショナルなものの脱集合、第3部グローバルなデジタル時代の集合、という3部構成をとっており、中心的な命題は、1980年代以降のグローバリゼーションの過程において、西洋(the West)に歴史的に構築された国民国家の脱集合化を歴史化することである。著者によれば、ナショナルなものとグローバルなものの双方が構築されるための諸条件は歴史化されねばならない。そのためには、ヨーロッパ中世の政治地理から今日のデジタル時代にわたる、領土・権威・諸権利(TerritoryAuthorityRightsTAR)を構成要素として取り上げ、その集合(assemblages)がどのように歴史に組み込まれたのかが検証される必要がある。この検証作業における理論的な課題は、複雑な制度の内部と制度自体の根本的な変化をいかに理論化するかであり、重要なのは、制度を成り立たせてきた装置や機構などのある種のケイパビリティ(capabilities)が、当初とは異なる目的へと転移しうる転回点(Tipping points)とその組織化論理(organizing logics)である。しかし、ここで著者が強調していることは、根本的な変化と新しい編成の出現は、相当程度、先立つ時代に形成され、発展してきたケイパビリティに依存する。これら歴史的に構築されたナショナルなものの脱ナショナル化は、TARの特定の諸要素を、グローバル、ナショナル、サブナショナルなレベルで作動している新規の脱ナショナル化した構成のなかに再集合させる。その意味で、本書は、領域的国家主権、国民国家を前提とした従来の「国家論」にたいしても新たな知見を与えるものとなっている。

 第二のExpulsions  : Brutality and Complexity in the Global Economy,では、著者は初めて、expulsions放逐という用語を用いている。その理由は、今日のグローバル資本主義の病理を把握するためには、通常用いられている「不平等の増大」などでは記述しきれない「地表下の潮流(トレンド)としての complex modes of expulsions複合化された放逐様式を理解するためである。放逐のプロセスは多様で複雑であるが、そこに共通するのは、複雑な仕組みが「単純な残忍さ」を生み出しており、グローバル・シティの世界編成の戦略的部分をなしていることである。

 第1章(Shrinking Economies, Growing Expulsion 縮小する経済、拡大する放逐)では1980年代以降の高度資本主義経済の新たな局面では、それまでの経済成長が果たしてきた中産階級の拡大による社会的包摂への寄与とは異なる、急激な富の集中を駆動する「収奪性」の編成へと変容しており、放逐のプロセスが生じている。これらは、まだ完全には識別可能ではないが、極端な不平等、失業、貧困、自殺、追立、難民化、収監など、様々な放逐のダイナミクスがみられる。続く第2The New Global Market for Land 新しいグローバル土地市場)、第3Finance and Its Capabilities Crisis as Systemic Logic:金融とその能力 システム論理としての危機)第4Dead land, Dead Water 死んだ土地、死んだ水 において、土地市場、金融化、再生不可能な環境破壊、をとりあげる。最終章Conclusion: At the Systemic Edge では、1980年代以降に出現してきた新しい、グローバル政治経済のシステムにおいては、従来とは異なる富の極端な集中を可能とし、それを可能とする複雑なシステムを制約するモノ、ヒトに対しては「単純な残忍さ」をもつ放逐の論理が働いている。異なる領域、異なるローカルな秩序のもとでの、この地下の潮流の多種多様な現象は、「収奪性の編成predatory formationsをなしている。本書は、2008年グローバル金融危機以降の現在において、必ずしも可視化されていない地下の潮流(トレンド)をdigging掘り起こすという、これまでのSassenに特有の方法を用いて、現在形の状況を「収奪性の編成」として把握しようとする試みの書といえるであろう。

 その意味では、(2006) TerritoryAuthorityRights  from Med ieval to Global Assemblages, Princeton University Press.は、2000年代前半までの問題意識の集大成であり、Expulsions Brutality and Complexity in the Global Economy,2008年グローバル金融危機以降の現在の門題意識を反映した著作である。当選考委員会では以上のような認識をもち、2冊を受賞に値する作品として、ここに選出するものとした。