第8回(2016年度)経済理論学会奨励賞

今回の選考対象著作は,『季刊 経済理論』掲載の論文を含め,著書と論文合計14点であった。第8回経済理論学会奨励賞選考委員会は慎重審議のうえ,下記の2会員の著作が奨励賞に値するという結論に至り, 2017年10月27日に武蔵大学で開催された本年度第3回幹事会に, 選考経過と選定理由を付してその旨を報告した。幹事会はこれを承認し,以下2名の会員に本学会奨励賞を授与することに決定した。この選考結果は, 翌10月28日に開かれた会員総会で足立眞理子選考委員長によって公表され, 総会後, 引き続きおこなわれた授賞式で, 賞状と副賞が河村哲二代表幹事から受賞者に手渡された。

 

柴崎慎也会員の著作

1.「商業資本のもとにおける債務の集積」『季刊・経済理論』第53巻第2号(2016年7月20日)
2.「競争と商業組織」『季刊・経済理論』第53巻第3号(2016年10月20日)

薗田竜之介会員の著作

“Price and Nominal Wage Phillips Curves and the Dynamics of Distribution in Japan,” International Review of Applied Economics 31 (1), pp. 28-44, 2017.

 

【選定理由】

 柴崎慎也会員の受賞論文2点は,商業資本にかんする原理論的研究である。この研究をつうじて柴崎会員は,すでに豊富な先行研究の蓄積をもつ商業資本論にも,商業信用の次元における商業資本と貨幣取扱業務との結びつきや,「組織化」をつうじた流通の不確定性への事前的対応,消費部面にたいする商業資本の関与など,未検討の論点がまだまだ多く埋もれていることを示している。これは,たんに商業資本研究に一石を投じるばかりではなく,原理論体系の後半部分に当たる市場機構論全体の組み立てを考察する上でも貴重な手掛かりを与えている。以上の理由から,選考委員会は,柴崎会員の研究成果を奨励賞に値するものと評価した。

 第一論文は,商業資本と信用機構との関連を,従来のように信用創造という側面からではなく,貨幣預託という側面から説くことを企図したものである。商業資本に信用で売る産業資本は,将来その商業資本から買うことを見越して,手形を受け取ることなく商業資本の下に「売掛金の留め置き」を行うようになる。柴崎会員は,この「売掛金の留め置き」を,貨幣取扱費用の節約というメリットを伴う「事実上の貨幣預託」として捉え,そこから商業資本の下での債務集積を導き出すという斬新な議論を展開している。これは,銀行信用の次元における貨幣預託だけに焦点を絞ってきた,発券先行説と預金先行説との共通の視角を突いたものとして評価できる。また,マルクスが商業資本論のなかで貨幣取扱資本を説こうとしたことの意味についても,再考のきっかけを与えるものである。

 第二論文は,商業資本研究のなかで手薄であった商業組織の問題について,「組織化」論という近年の研究潮流の成果と限界とを踏まえつつ,本格的な考察を試みたものである。近年の「組織化」論は,商業資本の理論像を大きく組み替えるという成果を残したが,その反面,継続的取引こそが「組織化」であるという一面的な見方に傾きがちであった。また,商業資本との取引の継続性を強調するあまり,産業資本間の取引は反対に単発的であるという見方に固執しがちであった。これにたいして柴崎会員は,産業資本間の取引にも,すでに単発的な大量買いをつうじた「組織化」の原理が働いていることを明らかにしている。さらに,商業資本の主たる舞台を,産業資本が当事者となる生産部面ではなく,最終消費者が当事者となる消費部面に求めている。これは,従来軽視されてきた小売商業の意義を再評価する試みとして評価できる。

 もっとも柴崎会員の研究成果には,残された課題も少なくない。まず,商業資本論に限って最終消費者との関係をクローズアップすることは,なるほど商業資本論の内部に商業組織論を組み込むことには繋がるかもしれないが,市場機構論全体の本筋から逸れたところに商業資本論を定位させることにならないかどうか。卸売商業だけを重視してきた伝統的な見方の狭さを克服しようとして,反対に卸売商業を軽視しすぎる狭い見方に陥りかねないことが懸念されるが,その懸念は十分払拭されないまま残っている。また,第二論文で論じられる対消費部面での商業資本の「組織化」と,第一論文で論じられる対生産部面での商業資本の貨幣取扱業務との関連も,まだ十分詰められているとはいえない。以上の課題については,今後のさらなる研究の進展を期待したい。

 

 薗田会員の論文は,日本のマクロ経済データを用いて,所得分配の動態と産出の動態の関係の実証分析を試みたものであり,国際的水準にある研究である。

 本実証分析の基礎となっているのはポスト・ケインズ派のモデルの1つである,カレツキアン・モデルである。カレツキアン・モデルは,賃金シェアあるいは利潤シェアで定義される所得分配の変化が,産出に与える影響を分析するのに適したマクロ動学モデルである。

 カレツキアン・モデルを用いて所得分配と産出の関係の実証分析を行った研究は国内外を問わず数多くあるが,それらのほとんどは,所得分配から産出への一方向の因果関係のみを分析している。これに対して,本論文のモデルは,所得分配が産出へ与える影響のみならず,産出が所得分配へ与える影響も考慮しており,より現実に即した分析を行っている。

 本論文のマクロ動学モデルは,物価フィリップス曲線,名目賃金フィリップス曲線,オークン法則,生産性変化メカニズム,稼働率調整,という5本の式から構成されている。これら5本の式を集約することで,稼働率と賃金シェアという2変数に関する微分方程式が導出される。稼働率の微分方程式は需要レジーム,賃金シェアの微分方程式は分配レジームと呼ばれる。

 次に,稼働率と賃金シェアが時間を通じて一定となる定常状態を導出し,定常状態が局所的に安定となるパラメーター条件を導出している。安定条件を詳細に分析することにより,需要レジームと分配レジームの組み合わせに応じて,定常状態が安定となるか不安定となるかが判明する。定常状態が安定となるのは,賃金主導型需要レジームと反循環的分配レジームの組み合わせ,および利潤主導型需要レジームと順循環的分配レジームの組み合わせであり,これら以外の組み合わせでは,定常状態は不安定となる。賃金(利潤)主導型レジームは,賃金シェア(利潤シェア)の上昇が稼働率を増大させるレジームと定義される。順(反)循環的分配レジームは,稼働率の上昇が賃金シェアを増大(低下)させるレジームと定義される。

 本実証分析では,1977年から2007年の日本のマクロデータを用いて,モデルを構成する5本の式を推計し,需要レジームと分配レジームの組み合わせを識別している。この分析より,日本の需要レジームは利潤主導型レジームであり,分配レジームは反循環的分配レジームであったという結果が得られている。これら2つのレジームの組み合わせは不安定性を生む要因である。しかし,1997年以降,労働保蔵効果の低下と産業予備軍効果の上昇が観察され,構造的不安定性が解消されたことがわかる。

 本論文の意義は,非新古典派理論に基づいたマクロ動学モデルの実証分析に挑み,日本経済の財市場と労働市場の構造的特質を明らかにした点にある。この分野の理論的研究は数多くあるが,それに比して実証分析は途上の段階にある。また,それらの実証分析もほとんどは欧米を対象としている。本論文は,日本の労働市場の構造的特質がマクロ動学に与える影響を明らかにした上で,近年の雇用制度の変容が動学構造にもたらした変化をも分析した意欲的な研究である。

 本論文では,労働市場の構造変化がキーワードとなっており,1997年以降,労働市場における構造変化が生じ,それが分配レジームを変容させたと論じている。特に本論文の後半では,正規雇用の割合が減少し,非正規雇用の割合が増大するという雇用の非正規化が労働市場の構造変化であると論じている。しかし,本論文の理論分析の部分において,労働を正規雇用と非正規雇用に分けた分析を行っているわけではなく,したがって,実証分析の部分においても,雇用形態を考慮した分析を行っているわけではない。今後,マクロ動学モデルにおける労働市場の役割に着目して研究を進めるさいには,雇用形態を明示的に考慮した分析を期待したい。

 

経済理論学会代表幹事:河村哲二
第8回経済理論学会奨励賞選考委員会:
足立眞理子(委員長),小西一雄,佐々木啓明,石倉雅男,清水真志,芳賀健一